最初に
Tanéの六人部です。
Tanéは、ブロックチェーン、特にイーサリアムにおける重要な問題として、「MEV(Maximal Extractable Value)」に強い関心を持っています。
すべてのオンチェーンの取引にMEVは関わるため、各プロトコルにとってそれを効率的に、公平に特定し、抽出することが重要だと考えているからです。
Tanéは、先日、「MEV DAY」というイベントをイーサリアムジャパンと共催で東京で開催しました。今後も定期的にMEVや重要なトピックについてのイベントを開催していく予定なので、興味のある方はTanéや私のTwitterをフォローしてください。
この記事では、MEVとは、なぜ重要なのか、歴史的な経緯、今後の展開について説明していきます。
(今回の記事の読者はMEVの初心者向けを想定しています。)
TL;DR
- MEVとは、ブロックチェーンのブロックにおけるトランザクションの追加、削除、順番の変更により価値を抽出できる場合に発生するもの。
- なぜ重要なのかというと、1. 透明性と公平性、2. ネットワークの安全性、3. 取引の安定性、4. ユーザーエクスペリエンスの4つのポイントが、MEVにより損なわれるため、すべてのプロトコルにとって、重要な問題。
- MEVの良い、悪いは、各ブロックチェーンが主権者として決めていくべき。(Sovereign Blockchain)
- 各ブロックチェーンごとにMEVの対策に取り組んでいるため、長期的にはMEVの機会は少なくなっていく。
MEVの概要
MEVは、イーサリアムのwebサイトで下記のように説明されています。
最大抽出可能価値(MEV)とは、特定のブロックにおけるトランザクションの追加、削除、または順序変更により、ブロックの生成時において標準的なブロック報酬やガス代を超過して抽出できる最大の価値を指します。1
ChanlinkのMEVの説明ページでは、下記のように説明されています。
MEVは、ブロックチェーンのブロック生産者(マイナーやバリデータなど)が、ブロック内のトランザクションの順序を恣意的に変更したり、含めたり、除外したりすることで価値を引き出すことができる場合に発生し、多くの場合、ユーザーに損害を与える。簡単に言えば、ブロック生産者はブロックチェーン上でトランザクションが処理される順序を決定することができ、その力を自分たちに有利なように利用することができる。
2021年の初めまでにイーサリアム上で抽出されたMEVの累積価値は7,800万ドルに達し、年末までに5億5,400万ドルに急増した。イーサリアムで抽出されたMEVは現在、6億8600万ドルを超えている。(2023年5月現在) 2
少し難しいので、わかりやすい説明を考えてみました。
MEVを理解するためには、まず暗号通貨がどのように動くかを少し理解する必要があります。
暗号通貨は、みんなが見ている共通の「台帳」(ブロックチェーン)に、誰がどれだけのお金を持っていて、誰から誰へ送金したかといった情報が書かれています。
この「台帳」は、特別な計算問題を解くことで新たなブロックを作ることができる人々(マイナーまたはバリデータと呼ばれる)によって更新されます。そして、新しいブロックを作った人は、そのブロックにどの取引を載せるかを決めることができます。
ここでMEVが登場します。
これは、取引をブロックに載せる順番をうまく工夫することで、より多くの報酬を得ることができるという考え方です。
例えば、ある人が大量の通貨を買おうとしている取引を見つけたら、その前に自分で同じ通貨を買う取引を載せて、価格を上げてから元の取引を載せると、通貨の価格差で利益を得ることができます。
MEVはなぜ重要なのか
MEVは下記の理由で重要です。
- 公平性と透明性: ブロックチェーンという技術は、その透明性と公平性によって大きな価値を持っています。しかし、MEVは一部の参加者が他の参加者よりも不公平な利益を得ることを可能にしてしまいます。これはブロックチェーンの理想と反するものであり、ユーザーの信頼を損なう可能性があります。
- ネットワークの安全性: MEVが利益を生むための動機付けとなると、バリデーターはこれを利用する可能性があります。これは、ネットワーク全体の安全性を低下させ、攻撃の可能性を高める可能性があります。例えば、MEVを最大化するために、バリデーターが合意せずにチェーンを分岐させる可能性があります。これは「タイムバンド攻撃」や「リオーガナイゼーション攻撃」とも呼ばれ、ブロックチェーンの安全性を損ないます。
- 取引の安定性: MEVが存在すると、一部の取引が優先的に処理され、他の取引が遅延する可能性があります。これは、ブロックチェーンネットワークの予測可能性と安定性を損なう可能性があります。
- ユーザーエクスペリエンス: MEVが存在すると、一部のユーザーは、他のユーザーよりも高い手数料を支払うことで、取引を優先的に処理させることができます。これにより、手数料が高騰し、一般的なユーザーにとっては使いにくくなります。
上記の理由から、MEVの問題は、ブロックチェーン技術とそのユーザーコミュニティ全体にとって重要な問題となっています。
各ブロックチェーンごとにブロック生成の仕組みが異なるため、MEVの問題の大きさも異なります。特にイーサリアムにおいては大きな問題として認識されています。
MEVの歴史と進化
MEVの歴史と進化を理解するためには、ブロックチェーン技術と特にイーサリアムの発展とともに見る必要があります。
MEVが大きく注目されたのは、2019年4月に発表された「Flash Boys 2.0」というCornell大学の研究者たちが発表した論文がきっかけでした。(この論文はIEEE Symposium on Security and Privacy 2020というメジャーな学会で採択されています。)3
勝率100%の高頻度取引を株式市場で行い莫大な利益をあげる利益集団の存在を取り上げた「Flash Boys 10億分の1秒の男たち」という本があります。Flash Boys2.0は、Flash Boysにおける原則がブロックチェーンと暗号資産の世界にどのように適用されるかを調査した一連の研究です。
- ビットコインと初期のブロックチェーン: ブロックチェーン技術の始まりとともにMEVの初期の形が見られましたが、その影響はごく小さかった。最初のブロックチェーンであるビットコインでは、マイナーは新しく生成されたビットコイン(ブロック報酬)とトランザクション手数料を収集することができました。ただし、この機会はすべてのマイナーに公平に利用可能であり、ブロックのトランザクションの順序を操作して追加の利益を得る機会はほとんどありませんでした。
- スマートコントラクトとイーサリアム: イーサリアムの登場により、MEVの風景は大きく変わりました。イーサリアムはビットコインに比べて大幅に高度なスマートコントラクト機能を提供し、これによりプログラム可能なトランザクションと複雑な金融操作が可能になりました。これにより、マイナーはブロックのトランザクションの順序を操作することで利益を得る新たな機会を発見しました。例えば、価格差があるトレードを前もって行う(「フロントランニング」)ことで、マイナーはその後のトレードによる価格変動から利益を得ることができました。
- 分散型金融 (DeFi) の台頭: DeFiの爆発的な成長は、MEVの重要性をさらに高めました。流動性プールからの取引、融資、イールドファーミングなどのDeFiの一連の取引は、金額的にも大きいものが含まれているため、トランザクションの順序やタイミングによってその成功や利益が大きく影響を受けます。この結果、MEVの抽出は一部のマイナーとトレーダーにとって非常に有利なビジネスモデルとなりました。
- イーサリアム2.0への移行: さらに、イーサリアムのコンセンサスメカニズムがプルーフ・オブ・ワーク(PoW)からプルーフ・オブ・ステーク(PoS)に移行し、MEVの風景はさらに変わっています。バリデータはマイナーと同じくトランザクションの順序や含まれる内容を操作する能力を持つ可能性がありますが、PoSやProposer-Builder Separation (PBS) によってMEVの競争環境に変化が起こっています。
このような経緯があり、MEVはブロックチェーンと暗号通貨の重要な側面となりました。MEVの抽出は金融的な報酬を提供しますが、一方でそれは取引の公平性、ブロックチェーンのセキュリティ、ネットワークの健康状態にも悪い影響を与える重要な問題です。
MEVの種類と例
MEV(最大抽出可能価値)の世界は広く複雑で、様々な戦略と技術を利用することで、様々な形でMEVを抽出することが可能です。
以下に、その中でも特に注目すべき主要な種類とその具体的な例を述べていきます。4
- フロントランニング: これは最も一般的な形式のMEVです。フロントランニングは、他のユーザーのトランザクションを観察し、そのトランザクションよりも先に同様のトランザクションを送信し、利益を得る戦略を指します。例えば、大量の買い注文が来ることを観察し、先に買い注文を入れて、より高い価格で売却し利益を得ることを指します。
- バックランニング: バックランニングはフロントランニングの逆で、他のユーザーのトランザクションを観察し、その後すぐにトランザクションを送信する戦略を指します。例えば、
- サンドイッチ攻撃: これはフロントランニングとバックランニングの両方を組み合わせた形式の攻撃です。他のユーザーのトランザクションの前後に自身のトランザクションを挿入します。これにより、自分の買いトランザクションと売りトランザクションの間で価格差を利用して利益を得ることができます。
- アービトラージ(裁定取引): これは異なるマーケットのデジタルアセット取引所やDeFiプロトコル間での価格差を利用する形式のMEVです。例えば、一つの取引所で安くアセットを買い、別の取引所で同じアセットを高く売ることにより、利益を得ることができます。
- Time-bandit攻撃: これは、マイナー(またはバリデータ)が過去のブロックを書き換えて新しいブロックチェーンを生成し、過去のトランザクションを利用して利益を得る形式のMEVです。ただし、この形式の攻撃は非常に高いコストがかかり、成功させるには多大なコンピューティングリソースが必要となります。
これらはいくつかの主要なMEVの種類ですが、ブロックチェーンの仕組みが変われば、新たな形式のMEVが現れる可能性があります。
MEVの抽出方法とその影響について継続的に学び、理解を深めていくことが重要です。
良いMEVと悪いMEV
MEVの中にも良いもの、悪いものがあるという議論が行われています。
良いMEVとは、清算やアービトラージなどによって、ネットワークの取引がスムーズに進むようになる場合においては、良いMEVといえるでしょう。
一方、悪いMEVとは、ユーザーがベスト・エグゼキューション(ベストな価格、取引スピード、取引手数料等)にアクセスできない場合は、MEVがユーザーに対して悪い影響を与えているといえるでしょう。
この議論は、Cryptoのコミュニティによっても解釈が異なっています。
EthereumのMEVの中心的なプロジェクトであるFlashbotsは良い、悪いの定義をしていません。おそらく、Ethereumの哲学として、コミュニティに任せて、自らは手を出さないという点と似ていて、ルールに従ってやっている限りは良い、悪いもないということなのだと理解しています。
また、Cosmosにおいては、そのコミュニティやMEV問題に取り組むSkipは、悪いMEVとしてサンドイッチ攻撃等を挙げていて、それを許容しない方向性の態度を示しています。
この良い、悪いの議論は、今後ブロックチェーンの数がModular blockchain、App Rollupなどにより増えていく中で、各ブロックチェーンのプロジェクト自体がMEVの抽出方法、抽出箇所、分配方法なども含めて決めていくべき問題だと思います。
MEVの問題に取り組むプロジェクト
MEVの問題に取り組むプロジェクトが各ブロックチェーンごとに存在しています。
Ethereum - Flashbots
Flashbotsは、2020年末に、複数の研究団体とイーサリアムの開発者たちによって設立されました。彼らのミッションは下記のとおりです。
私たちの主な焦点は、3つのアプローチを通じて、MEVのためのPermissionlessで、Transparencyのある持続可能なエコシステムを実現することです:
Illuminate:MEV活動に透明性をもたらす。
Democratize:MEV収益へのアクセスを民主化する。
Distribute:MEV収益の持続可能な分配を可能にする。
Flashbotsは、これまでにMEV-Geth, MEV-Boost, Flashbots Protect, Flashbots DataなどのProductやResearchを発表してきました。特にProductは多くのプレイヤーに使われています。(MEV-BoostはSlot Shareの90%以上を占めていました。)5
今後の焦点としては、Block buildingの分散化に取り組むためのSUAVE(Single Unifying Auction for Value Expression)というプロジェクトも発表しています。
また、先日、$1Bのバリュエーションで$60Mの資金調達を行ったとの報道もありました。6
その資金調達のリード投資家のParadigmのCharlie Noyesは下記の様に述べています。それだけMEVの問題が重要であり、Flashbotsの存在が重要であるということでしょう。
「MEVの未来は暗号の未来です。 我々は、SUAVEを開発し、暗号の透明性、効率性、公平性を確保するというミッションにおいて、Flashbotsをサポートし続けることを誇りに思います。」
Polygon - Fast Lane
PolygonにおけるMEVの問題解決に取り組んでいるアクティブなプレイヤーはFast Laneです。(ちなみに、Tanéも直近の資金調達ラウンドでFast Laneに出資してます。7)
Polygonでは、ユーザーのトランザクションが生成され、p2pのネットワークを介して、ブロードキャストが行われる。特定ノードが直接ブロードキャストを受け取るか、p2pネットワークを介して受け取るかの二択となっています。
ランダムに10%の確率で直接伝送され、90%の確率で間接的に伝送されるようになっています。直接伝わった方が早く到達するため、サーチャーは利益向上が目的のため、直接伝えたいがために大量のトランザクションを送り、10%の直接経路を獲得しようとしている。
この問題をFastLaneは、ランダム性を排除してスパム行為を行うインセンティブをなくし、サーチャーに対してオフチェーンのオークションを導入しました。バリデーターは追加で収益をあげることができます。
すでにPolygon全体の約23%のValidatorがFastLaneのソフトウェアを導入しています。
また、FastLaneは、Protocolが内部でBlock Buildingを行うことでMEVを獲得する仕組みをEthereum上で実現することを目指す新しいProductを発表しています。8
Cosmos - Skip Protocol
Skip ProtocolはCosmosのMEVの問題の解決を目指しているProtocolです。SkipはCosmosにおけるMEVのインフラストラクチャーに関するプロダクトを開発し、Cosmosのプロジェクトに提供しています。
私も実際に6月にプラハで開催されたGateway to CocmosでSkipのチームやその他のプロジェクトと実際に話をしました。多くのCosmosのプロジェクトがSkipのプロダクトの採用を検討していました。
Skipはこれまでに、Skip v1(Skip Select), Skip v2(POB)、APIなどのプロダクトを提供しています。
Skip Select:
Skip Selectはブロックスペースのオークションです。(Flashbotsの提供するMEV-Boostと似たもの)
バンドル(トランザクションの集合)のオークションを通じて、MEVをプロトコル内でPermissionlessに、公正に捕捉するための仕組みです。
POB(Protocol-Owned Builder):
これはプロトコル自身が内部でMEVを獲得することを可能にする仕組みです。下記はSkipのgithubのpobの説明です。
SkipプロトコルのPOB(Protocol-Owned Builder)は、Cosmos SDKとABCI++プリミティブのセットで、アプリケーション開発者に、MEVの再キャプチャ、制御、再配布をプロトコルに完全に制御させるなど、透明で強制力のある方法で、アプリがチェーン上でブロックを構築し検証する方法を定義する機能を提供します。9
今後の展開
今後はMEVを獲得する機会は現状と比べて減っていく可能性が高いと考えています。現状は各ブロックチェーンが発展段階にあるため、対応できていない部分も多く、MEVを獲得できる機会が基本的には多いです。
しかし、なぜ減っていくかというと、各ブロックチェーンの開発が進むにつれて、MEVへの対策も進んでいくと考えられているからです。
またMEVに関連する各ブロックチェーン、各プレイヤーごとに重要なトピックとしては下記があげられます。こちらについてはまた別の機会に議論したいと思います。
- ePBS, PEPC, Eigenlayer, Inclusionlist, MEV Smoothing, MEV Burn等
- Flashbotsが取り組んでいるBlock Buildingの分散化 (SUAVE)
- Skipが取り組んでいるPOB(Protocol Owned Builder)
- クロスドメインMEV、L2のシェアドシーケンサー
Tanéではこの領域に興味のある方、プロジェクト、投資家、企業と話したいと思っています。興味のあるや具体的なアジェンダのある方はこちらよりご連絡ください。
注:
- 最大抽出可能価値(MEV)
- What Is Maximal Extractable Value (MEV)? by Chainlink
- Flashboys2.0
- zero mev 「toxic mev」
- MEV-Boost Dashboard
- Flashbots becomes unicorn after completing $60 million raise
- Multicoin Leads $2.3M FastLane VC Deal, Continuing Its Bet on MEV Infrastructure
- Atlas
- skip-mev/pob
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